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中心に収束する「場」が必要!
石田先生:この沖永良部の小さなエリアにみんなが憧れてドミノ式に広がる。そんな「オートポイエーシス」で一元論的世界を提示するのが、状況を変える一つの手かなと思っています。
吉川先生:敵も味方もいないし、和合していきますし、お互いが発展形で共存共栄するにはその方法しかないですから、大都市ではどうしても西洋的思考のピラミッド型で、会社でも組織でもトップダウンですが、これからはサーバントリーダーシップ的な、いわゆる八百万の神々の神道的な世界観でコミュニティ社会が作られていくんじゃないかなと思います。
一人一人が円環型で、中心になるのは何もない空間か、あるいは人なのかもしれないし、全部がそれで当てはまるわけではないけれども……。
石田先生:やっぱり中心が要るんですよね。
吉川先生:渦の中心が要ります。
―渦の中心に必要な要素は何でしょうか?
石田先生:それはやっぱりみんながふっと集まってホッとできる、神社のような場所。そして祭りのような何かをやれるところでしょう。
吉川先生:「場」があるということが大切で、例えばかつての大阪万博で岡本太郎がつくった祭り広場の「何もないスペース」のようなものが必要じゃないかと思うのです。そこの場に入った途端に、覚醒する人すら出てくるような。ただそこの場に行って体感しないとダメで、オンラインでは出てこないと思います。
石田先生:このコミュニティ、徳時(とくどき)集落なのですが、ここにある世並蔵(よなみぞ)神社も、小さいですが気持ちがいいんですよ。
四並蔵神社に隣接する公民館で吉川先生が講演された際、ワクワクした表情で聞き入られていた地元の皆さまが印象的でした。写真は石田先生が塾長を務める「酔庵塾」塾生の皆様と撮影。一番右から弊社社長・近藤太郎と編集部(スタッフみのり)
―コミュニティが培ってきたエネルギーが「場」に宿るのでしょうか?
石田先生:言い過ぎかもしれませんが、我々はいつも繋がることを本能的に求めている。そして一元論の世界は、個人主義ではなくてアニミズムなので、繋がらないと生きていけません。堂々と繋がれる場所がセンター(中心)で、あるいはその繋がりを確かめるのが祭りです。それはフェスティバルとは違う。フェスティバルは発散するけれど、祭りは収束するものだからです。
―その発散と収束をもう少し詳しく伺えますか?
吉川先生:それは、幾世代にもわたる先祖のような「目に見えない存在」を意識できるかどうかにかかっていて、目に見えない人たちの思いまでも時空間を超えて共有できるのが、祭りの場だということ。
石田先生:おまけにそれをやるために、1年間みんなで酒を組み交わしながら何度でも同じことを喋って、何度も繰り返し考え抜いた仕上げが、祭りですから。そこで絆を確認し合っているんですよ。最終的に確認をしたんだから、ガシッと手を握って収束する。「これで俺たちは一つになる」ということ。お金を使ってワーッと騒ぐフェスティバルは、達成感はあるかもしれないけれど、収束するための祭りとは別物です。
吉川先生:岡本太郎は、それを50年前にやろうとしたわけです。お祭り広場じゃなくて、祭り広場だと。
石田先生:ああ、そういうことか。「お」がつくとフェスティバルだものね。なるほど理解ができる。
自然に学び、自然に帰る。そこにコミュニティがあれば心豊かな暮らしができる
―弊社の理念に「自然に学び、自然に帰る」という思いがあって、先生方のお話を通じて言語化されていくのを明快に感じていました。持続可能で心豊かな社会をつくるには、みんなが集えて癒しになる中心の「場」を作り、分かち合ったり喜び合ったり助け合ったりする仕組みがやはり必要で、すでにそのような暮らしができている島の人々は、もっと自覚された方がいいのかな?と感じました。
石田先生:「一つの地球で暮らせる社会を描く研究所」を作って動き出したときに、世界で初めてライフスタイルのすべての行為を数学的に計算できるようになりました。そこで「今でも一つの地球で暮らしている人たちを基準にしよう」と、この沖永良部島で測ったら、日本の全国平均が地球2.8個分の負荷なのに、その約4割の1つの地球以下で暮らしている人たちがいっぱいいて、平均でも1.2個だったのです。驚きました、すでに世界が目指す水準に手が届くところに居るのですから・・・
これをさらになぜ?と分析したら、「自然」と「コミュニティ」に対する親和度が全国平均よりも圧倒的に高かったのです。
でも島人は、地球一個で暮らそうと努力なんかしていませんよね、無意識で暮らしているわけですよね。おそらく離島という隔離された世界で、いろんな制約がありながら、ワクワクドキドキ面白く暮らせるようにやってきたらそうなっちゃった。それはずっとこの中にいると当たり前なので、外の人がスポットライトを当てて、「実はあなたたちがやっている生活って、ものすごく世界に誇れるんだよ」と褒めない限り、何がすごいのか島人には全然分からない。それを意識して自覚することで自信を持って誇れる上位概念になると思うのです。
―吉川先生はこの島についてどんな印象を受けましたか?
吉川先生:縄文が息づいていますよ。昨日神社に集まっていただいた方々の顔を見たら、みんな表裏がなく一元的に生きているし、「自然に生かされ、自然を生かし、自然を往なす」を体現されているのですから。「この暮らし方だ!」と思うし、実際に触れてみると分かると思います。そういう渦の中心が、例えばこの沖永良部かなという気がしています。「水と安全は無料(ただ)」と言われるように、近くにありすぎて見えないというのはあるでしょうね。
それと物理学者で防災研究の先駆者だった寺田寅彦(てらだとらひこ)さんが、「天災は忘れたころにやってくる」と言われるように、地球上のたかが1%にも満たない土地の日本列島に、世界の2割の震度6以上の地震が起こるのに逃げないで、まっすぐに前を向いて暮らしていこうとする。この島も台風の通り道で、伝統的な平屋建て往なしてきた。こんなに前向きで愛すべき島民や民族は世界中であまりいないのかもしれないですよ。
優しくも厳しくもある「日本の自然」の中で安全に暮らしていくには、とりわけ里山と奥山という概念があって、里山をいかに育てるかが重要なポイントです。それを「結(ゆい)」という組織を作っていろんなものを運営して守ってきたということがよくわかります。石田先生の分析された沖永良部島のデータを拝見すると、「やっぱり最先端にいるよね!」と思います。
石田先生:日本では天災があっても一切暴動が起きないしね。海外ではすぐに略奪でしょ。東日本大震災の時に、おにぎり一個もらうのに4時間も5時間も雪の中で列をつくってみんなじっと待っていたのもそうだよね。
この島も、最先端にいるんだ、自慢してもいいんだというのを、どうやって分かってもらうかが結構大変です。Z世代の子たちは言えるかもしれないけど。
吉川先生:昭和や平成の世代が人と比較してしまうのは、学校教育がそうだったから仕方がないかもしれませんね。一元的な生き方では比較しないから敵もないし、いわゆる妬みとか嫉妬もない。そういう観念すら起こらないのでしょう。縄文時代が一万年続いたのも、そんな意識がなかったからかもしれません。
奇しくも折口信夫が「マレビト(稀人・客人)論」で、「マレビトというのは、もてなし方によっては“危害を与える存在”じゃなくて、“幸いをもたらしてくれる”存在にもなり得る」と言ったけれど、それを実践してきたのが日本人です。例えば江戸に黒船がやってきたときに、他の民族は恐れおののいて逃げるけど、日本人は「それを学ばしてくれ!」と言って、蒸気機関をすぐに取り入れて作れるようになったのだから、すごい民族だと思います。
石田先生:外国人にとっては驚異だったと思いますよ。蒸気機関のイメージを教えただけで薩摩藩は作っちゃったんですから。それだけ基盤技術もあった。でも日本ではその基盤技術を産業に使わずに、遊びにしか使っていなかった。「産業革命がテクノロジーの庶民化」という定義からすると、日本の産業革命はイギリスよりも100年以上も早いんですよ。おまけにそれは通販で買えた。だから伊能忠敬(いのうただたか)が日本の測量をしたときにも、最初の測量機は通販で買ったんじゃないの?と私は言っているんだけれどね。
吉川先生:「日本人はみんなを喜ばせるためにテクノロジーを使った」と石田先生が指摘されているように、そこがやっぱりすごいところだなと思います。
石田先生:全部遊びですよ。からくり人形とかね。
―そういうセンスを取り戻していけばいいのですね?
石田先生:「取り戻す」というよりも、もともと持っているので、サンプルを見せればきっとみんなが「こっちの方が面白いや」って言うと思うのです。今はサンプルが全部、海外から来たものばかりですから。日本人独特のイメージの「モノ」のサンプルを見ることが「発火点」になって、そのセンスへ向かうことができるように思っています。
我々はいろんな企業の研修プログラムを持っていて、会員合宿を島でやるのですが、例えば「持続可能な社会を作るためにどうすべきか?」といった議論はしません。スタッフが自然の中にお連れして「何か」を感じてもらうだけで、放っておくんです。でも最後の日だけ「ではお宅の会社はどうしますか?」のような議論をすると、全く違う発想が出てきます。何日かいて、お爺やお婆とちょっとでも話をしたりすると「何かが違う」と感じてくれるんでしょう。みなさん感性がすごく高いので当然かもしれないですけれど。
―やっぱり「場」なのでしょうか?
石田先生:「場」だと思う。そして「自然」「コミュニティ」という存在が、ものすごく大きいようにも思っています。
ここの人たちは根っからほがらかで、もともとここは遣唐使や遣隋使の給水場所で、情報が旅人からしか入らなかったので、旅人をきちっともてなすという文化が昔からあるのですね。だから小学生でも、「知らない人に会ったら声をかける」という教育なので、例えば横断歩道で車を止めたら、子どもたちはまずお辞儀をして、手を上げてゆっくり渡って、またお辞儀をして行きます。
吉川先生:今朝、散歩をしていたら、登校していく小中学生がみんなニコニコと笑って挨拶してくれますね。やっぱり文化度が高くてすごいなと思いました。
―都市では「知らない人を疑わないと危険」ですから、逆で考えられないです。石田先生も「最初は(島の人たちを)疑っていてごめんなさい」と書いておられました。
石田先生:その世界に慣れるのは、物の貸し借りも含めて時間がかかりますね。都市では「車を借りたら満タンにして返す」みたいな不文律があるけれど、それを「ありがとう!」と当たり前に返せるようになるには、6年かかっています。物をもらったらお返しをする。有る時には返すけど、無い時は「ありがとう」の一言だけですよね。そういうことに慣れるまではなかなかできないし時間がかかります。
―そうか!信頼関係があるから、無理することもないんですね!
石田先生:それがコミュニティなのでしょう。困った時に困ったと言えば、誰かが助けてくれる。今、私は足を痛めて松葉杖になっているでしょう?2週間も経つと、廃墟かな?と思うくらい庭に草が生えてくるのを、みんなが草刈りに来てくれます。家に鍵もかけないし、車も鍵を抜かないんです。一度、車の鍵を抜いていたら、「何かあったらどうする!?」って怒られました(笑)。
―え⁉どういうことですか?
石田先生:何かあったらみんなが運ぶから、鍵を付けておけと。家の鍵もかけてしまったら、宅急便屋さんや郵便局が留守だと困るだろう?と。ちゃんと荷物は家の中に入れておくから、鍵は開けておけと。
吉川先生:「縄文を生きている」というのは、そういうところだなと思うんですよ。だから面白いよね。
石田先生:荷物をここまで運んできたのを、鍵がかかっていて留守だったら持って帰って、また持ってくるのが大変なことなんで。冷凍のものだと、私が誰と親しいかを知っているので、「預けといたよ」と言って、他所の家に預けられて、そこの家の冷凍庫に入ってる(笑)。面白いよ。おまけに私は力も無いし、ロープなども上手く扱えない、島暮らしに必要な技を持っていない、役立たずで有名だし、「せめて(地元の)白百合幼稚園でも出ていればなぁ」っていつも言われています(笑)。
ワークとライフがオーバーラップする本質で生きていく
石田先生:百姓というのは「100の能力を持つ」という言葉が的を得ていて、みんなが「多能工(たのうこう・一人が複数の技能を持つ)」なんですよ。名刺を何枚も持っているような感じで、何でもできてすごいですよ。誰が何を得意とするかをみんながわかっているから、何かしようとなったら「あいつとあいつを呼べ」と言ってあっという間に済んでしまいます。
―「将来何になりたいの?」と子どもが大人に聞かれて、やりたいことがわからないと劣等感を持つと聞いたことがあります。でもそもそも生きるためにいろんなことができるようになる暮らしは、お金を稼ぐための職業とは別物で、仕事と稼ぎの本質的な差を感じます。
石田先生:今は専門学校に行ってキャリアパスを積むといった概念があるけれど、小学校からキャリアパスなんて分かるわけないですよね。私は35歳くらいで「お!やりたいことはこれかな」と思ったけど、10年毎に転職してるんで、未だにキャリアパスが分かりません(笑)。
パートナーの亜子に言わせると、「あんたは好きなことだけやって、どんどん収入が減るわね」って。でも一生、キャリアは何だろう?って探すのもいいのかなと居直っています。
―若い子たちに伝えたいです。
石田先生:基本的には「生きる」ということがすごく大事。ここでは「生きるための手仕事」をみんなが当たり前のように学んでいる。そしてワークとライフは別々じゃなくて、ワークとライフ、稼ぐことと働くことがオーバーラップしている。どこからがワークで、どこからがライフか分けられないから、一年中遊んでいるとも言えるし、一年中仕事してるとも言える。
吉川先生:「神道ことはじめ」で触れましたが、「勤(いそ)しむ」という言葉が、イコール生きがい、生きることそのものになる。
―現代社会では、ワークとライフが切り離されていますよね。
石田先生:それは、資本主義というものを取り入れた時に「切り離した」んです。それでも日本型の資本主義では終身雇用で「社員は家族」という形態を取っていたのが、新自由主義の社会で「価値ある者は稼ぐ人。能力主義なんだ」「欧米型に変わることがいいこと」のようになって、そうじゃなくなってきた。
もともと100の能力を上手に組み合わせて、みんなが家族経営のような会社を作っていたのが、だんだん特化した能力だけを評価するようになって、それについていけない人たちが落ちこぼれて、もっとひどいことに今、「いつでも切られる、捨てられる」非正規雇用の、平均年収172万円しかない人たちが40%を超えているわけですよね。それで東京で暮らせるわけがないし、恋もできない。
それは日本人には向かないのに、そういう形態を作り上げて、欧米と同じになろうとする。中小企業で輝いている人たちは全然変わらないけれど、とりわけ下請けになっている多くの人たちは、より虐げられていつでも捨てられる状態になって、大企業との格差が広がって、おかしなことになってしまっています。
金田一京助(きんだいちきょうすけ)みたいに、「ここの家系は国語辞典!」というのも、それはそれでいいかもしれないよ。だけどほとんどの人は「何をしてもいい」代わりに、何をするか分からない。それを探すのもいい旅ですよね。
吉川先生:探すのもいいし、自由なのもいいし、江戸のような士農工商で家の職業が決まってるのも幸せなことだったかもしれません。だから面白いと思いますよ。
―正解は自分で見つければいいんですね。
石田先生:みんな「生きていく」ことがあまりに難しいように思わされているんじゃないかな。島で生きていくのは、本当にお金もかからないし難しくない。Iターンで来た人も、平気で即、暮らしているわけですよ。ただし二つも三つも仕事を持っている。おまけに島の世帯平均年収が180万円。でも島にいる限りは、毎晩お酒飲んでも十分。
―東京で180万円だと、どん底ですね。
石田先生:食べるものは回ってくるし、なかったら昼休みに海岸で探せばいいし。お金を使うところがないですから。
吉川先生:面白いですね。本質はここにありますから、より多くの人がこういう縄文コミュニティに触れていただいて、マニュアルはありませんので、自分のやり方で元気を持って帰っていただきたいなと思います。
私はマニュアルに従って「こうしたら幸せ」「こうしたら金が儲かる」といったハウツーが嫌いなんです。「スピリチュアル」というのも、そういうものに溢れています。その「場」に行って自分で考えて創出していって、自分なりのライフワークを築き上げていくっていうような、「生きた教科書」はこういう空間にありますから、やっぱり素晴らしいなと思います。来させていただいてありがとうございます。
石田先生:ありがとうございます。いろんなテーマで、一つひとつをもっと深堀りする対談を定期的にぜひしましょう!
吉川先生:ぜひよろしくお願いします。
―両先生とも本日は貴重なお話をありがとうございました。
(文責:高木みのり)
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